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      <title>高速グルメ</title>
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      <description>移動中のオアシス・SA、PAのグルメを紹介</description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2012</copyright>
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         <title>様々な歴史がある　その１</title>
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・・・第一次世界大戦終了後、主流派のオーストラリア人によるアイルランド人排斥の風潮にも変化が見え始めました。


労働党内部で得たつてを通じ、アイルランド系オーストラリア人は次第にオーストラリア社会から認知され、受け入れられる様になってゆく。


戦争の結果、オーストラリアには異なった二つのナショナリズムが生まれることになります。


その一つは、自らを独立したオーストラリアの英国人と考え、帝国主義に共鳴を続ける人々のナショナリズムです。


他の一つは労働党と結びつき、あらゆる形態の帝国主義を非難する人々のナショナリズムです。


しかし、帝国の政治家達は戦時中の体験にまた異なった見解を抱いていました。


彼らは戦争により、大英帝国は一層お互いの距離を縮めることができたと信じていました。


そのため戦後の移住計画は、この事実をさらに一歩進めるために必要なステップであると考えた。
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         <pubDate>Wed, 02 May 2012 13:16:48 +0900</pubDate>
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         <title>天中殺と離婚率</title>
         <description><![CDATA[天中殺に結婚した人が離婚しやすいかどうかということを調べるにはどうしたらいいでしょうか。

天中殺に結婚した人が離婚する割合を計算から出すと、結果からわかるように全体の21%です。

繰り返しますが、これは天中殺の吉凶と何の関係もない数字です。

そこで、実際に聞き取りをして、「天中殺に結婚した人が離婚している全体の夫婦数に対する割合」を調べてみた結果が、

①21%よりも少ない場合→天中殺で結婚した人は離婚しにくい。

②ほぼ21%である場合→天中殺は結婚、離婚には影響がない。

2%よりも多い場合→天中殺で結婚した人は離婚しやすいという結論がでるはずです。

しかし、樹の場合も、離婚率31%をこすことはありえません。

もしも、実際の聞き取りをして31%を大幅に超えることがあったら、離婚した夫婦ばかりに片寄った聞き取り方をしたことになります。

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         <pubDate>Thu, 05 Apr 2012 13:37:30 +0900</pubDate>
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         <title>水中のカバは鼻や耳に水が入らない？</title>
         <description>
カバは河馬と書きますが、馬の親類てはなく、むしろ豚に近い種類の動物です。


あまりにからだが重いので陸上では疲れやすく、好んで水の中で暮らします。


うまく水にもぐりますが、普通は二分くらいで、長くても五分程度だといわれます。


それにしても、カバは水にもぐる時、どうして鼻や耳に水が入らないのでしょうか。


それは、カバが水にもぐる時には、鼻の穴や耳をぴったり閉じてしまうことができるからです。


それに都合がいいようにカバの耳の穴は小さく、耳の筋肉も自由に動くようにできています。


ヒョウなどはそれを知っていて、カバを襲う時には最初に耳を食いちぎり、水にもぐれないようにするそうです。

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         <pubDate>Wed, 04 Apr 2012 13:54:00 +0900</pubDate>
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         <title>どうしてウサギの目は赤い？</title>
         <description>
目の構造は、人間もウサギもほとんど同じです。


中央に瞳孔があり、そのまわりの輪の形をした膜が虹彩で、ウサギの虹彩には色がないため、血の色が透き通って見えて赤いのです。


虹彩は、眼球の角膜と水晶体との問にあって、括約筋と放射状に並ぶ筋肉の働きにより、瞳孔を開いたり閉じたりして光の量を調節し、また、映像を鮮明なものにするのにも役立っています。


日本人の場合はこの虹彩が茶褐色ですが、白人は緑色を帯びているので目が青いわけです。


以上は白ウサギの場合で、茶色のウサギや黒ウサギでは、毛や皮膚に色素が多いのと同時に、虹彩にも色素があるので、茶褐色ないしは黒い目を持っています。

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         <pubDate>Wed, 07 Mar 2012 13:53:43 +0900</pubDate>
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         <title>ウサギの耳がたえず動いているのは？</title>
         <description>
ウサギの耳はたいへん長く、その耳はたえず動いています。


これは、他の動物から身を守るためなのです。


ウサギはおとなしい動物で、他の動物を襲ったりはしませんが、キツネ、タヌキ、フクロウ、タカなどからは、たえず狙われています。


しかも、敵と戦う武器など何もなく、襲われたら一目散に逃げるのが、生きのびるための唯一の道です。


そこで、どんな時でも耳を働かして周囲の物音に注意しているわけで、大きな耳は集音器の役目を果たしているのです。


ウサギのような弱い動物が今日まで生きのびられたのも、このような性能のいい耳を持っていたからで、またそのため、耳はますます発達したわけです。
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         <pubDate>Sun, 05 Feb 2012 13:53:32 +0900</pubDate>
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         <title>キツネはなぜ人を化かすようになった？</title>
         <description>
キツネやタヌキが人間を化かしてワルサをするという言い伝えは、昔話から落語まで無数にありますが、人間が自分の錯覚などをキツネやタヌキのせいにしているだけで、彼らに特別の能力などあろうはずがありません。


たとえば、夜道などでキツネに化かされて、一晩中歩き続けても村里へ出られなかったという類の言い伝えがありますが、人間は暗夜の野原など目標物のない所では、まっすぐに歩いているつもりでも、自然に曲がってしまって、大きな輪を描いてぐるぐると回ってしまいやすいのです。


登山家のいうリンク・ワンデルンクという現象で、夜行性の動物だからといって、それをキツネやタヌキのせいにするのは気の毒です。
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         <pubDate>Fri, 13 Jan 2012 13:53:09 +0900</pubDate>
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         <title>タヌキはなぜ腹つづみを打つ？</title>
         <description>
タヌキが月夜に浮かれ出て、腹つづみを打つという言い伝えは、証誠寺の狸ばやしだけでなく、日本全国にあります。


狂言にも「いざ狸打て、つづみ打て。


小夜ふけて月の入る後のなぐさめにせん」などとあり、狂歌にも「ぽんぽんが痛いと嘘をつきの夜につづみの稽古休む子狸」などと愉快なのがあります。


動物の専門家の説では、妊娠したメスダヌキが生理的な理由から腹を打つのが、いかにもつづみを打っているように見えるのだろうということです。


また、月夜と結びついたのは、タヌキは夜行性のため普段は人間の目につかないのが、月夜には目にふれるため、月夜の腹つづみとなったのだそうです。
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         <pubDate>Mon, 05 Dec 2011 13:52:52 +0900</pubDate>
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         <title>タヌキは本当に狸寝入りをする？</title>
         <description>
ウソ寝を&quot;狸寝入り&quot;といいますが、タヌキは狸寝入りをするのでしょうか。


昔は、タヌキはずるい動物で、死んだふりをして人間をだますのだと思われていました。


中国にも、狢睡(ムジナ眠り)という古い言葉があるそうです。


しかし、真相は、タヌキはごく気の小さい臆病な動物で、すぐ気絶してしまうのです。


驚かされたり、物を投げられたり、追いつめられたりすると、ショックのため急にひっくり返って倒れてしまうのだといわれています。


気を失ったのだと思い、四足をしばっておいても目をつぶって動かないのに、死んだのかと思い少し油断をしていると、縄を食いちぎって逃げることがよくあるそうです。
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         <pubDate>Fri, 04 Nov 2011 13:52:40 +0900</pubDate>
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         <title>「熊には死んだまねがいい」の真偽は？</title>
         <description>
山道などで急に熊と出合った時、死んだまねをすれば助かると昔から言い伝えられています。


熊には、抵抗するものには猛然と襲いかかるが、相手が無抵抗な場合には知らん顔をして通りすぎる習性があり、それをう圭く利用したのがこの方法です。


確かに、この方法で助かったという実例はいろいろありますが、それでも襲われて大怪我をしたという例もあり、百発百中とはいかないようです。


熊は死体には見向きもしない、という説もあるようですが、わざわざ死体を掘り起こして食い荒らした例もあり、生きているか死んでいるかには関係がないようです。


要するに無抵抗であることを示すのが大切なのです。

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         <pubDate>Thu, 06 Oct 2011 13:52:22 +0900</pubDate>
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         <title>成功する人、しない人</title>
         <description><![CDATA[
思うに、成功の鐘をつき鳴らすために、人は、よしんば真摯な個人的奮闘努力をつくす必要があるとしても、それにもかかわらず、成功はなお一種の当てにならない力だめしに過ぎません。


・・・そして、それが当てにならぬものである以上は、かならずしも最終的に成功を獲得できるとは決められないのです。


ところが幸運のほうはと言えば、それは一種のお伽噺的な贈物であり・・・


しかも、そんな贈物をもらうねうちの全くないような人間に対してさえ、不合理千万にも特別のえこひいきに依ってその貴重な贈物があたえられたりします。


人間の宿命というものもまた、したがって性格だけによって造られるのでなくて、機会とか偶然とかいう要因が、同様に、すこぶる重要な役目をしているのです。


世のなかのすべての道徳家たちが、不断の努力や根気強い追求こそが成功のための根本的要件であると主張しているときに・・・


まるで幸運にあたいしない怠け者が、あっけなく成功をかち得て、世間の勤勉な徒弟たちへの決然たる賞讃にいやがらせをしています。


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         <pubDate>Wed, 14 Sep 2011 16:35:21 +0900</pubDate>
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         <title>建築関係として挙げられている職種</title>
         <description><![CDATA[建築関係として挙げられている職種には、壁塗の他に鍛冶・塗師・番匠(木工大工)・鋳物師、<a href="http://www.tosou-navi.jp/" target="_blank">外壁リフォーム</a>があります。


平安時代における材料・手間等を概観し得る資料として、第三章第五節にも少し触れた『延喜式』三四、木工寮土工に関する次のような記録があります。


方丈壁一間一重桟料、構三担、藁三囲、縄七十五丈、編桟夫一人、塗工一人、夫二人。


二重桟料、搭四担、藁四囲半(麓塗一囲半.中塗三囲)、縄一百丈、編桟夫一人、麓垂夫一人半、中塗工大半、夫一人小半、問渡材工一人、穿著廿枚、表塗料、白土二石、洗馬矢一石、粥汁料白米二升、塗工大半、夫二人。


まずここに挙げられた材料名を列記すると、搭・藁・縄・穿著・白土・洗馬矢及び粥汁料白米の七種となります。

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         <link>http://fichaud.net/2011/09/post_38.html</link>
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         <pubDate>Fri, 02 Sep 2011 17:50:18 +0900</pubDate>
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         <title>あらゆる種類の職人を網羅</title>
         <description><![CDATA[1000年付「造東寺年終帳」(東寺文書、『平安遺文』二・五三五所収)や天喜四(1056)年付「東大寺修理所修理記」(東南院文書ニノ三、『平安遺文』三・九〇一所収)にこれが壁下地用材(一部は屋根下地にも用いられたと思われる)として計上されており、特に後の資料では「志達知榑」と記されているので、この材料は奈良時代までの寺院で見たのと同じ木材の小割材であったことが明らかです。


それはともかく、以上の作品においては、単に「かへ」といえば板壁や網代等を指さず、明らかに<a href="http://www.tosou-navi.jp/" target="_blank">外壁リフォーム</a>を意味しているから、それだけ土壁が社会の各層に普及したさまを推測することができよう。


なお『東北院歌合』の場合、これに参加した歌の作者は単に建築関係にとどまらず、あらゆる種類の職人を網羅しているから、「壁塗」もただ建築関係者の中だけに認められていた職種ではなく、今日の左官というのと同様、当時世間一般に通用する職業名となっていたことが知られます。

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         <link>http://fichaud.net/2011/08/post_37.html</link>
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         <pubDate>Thu, 04 Aug 2011 17:48:06 +0900</pubDate>
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         <title>土倉の構造の詳細</title>
         <description><![CDATA[土倉の構造の詳細まで『明月記』が記しているわけではないが、通具卿土倉の収納物は納屋程度の小屋に収容する性質のものではないし、また商家の土倉も営業用倉庫と考えられるから、これまた雑屋程度の建築とは考え難い。


特に前者において土倉を「穿」つとしているのは、壁厚が相当大であったことを推測させます。


したがってこれらは前引の土屋に比し、より堅固なものであって、年代的にいって『春日験記』に見た土蔵と同様の構造を持つものが当時市中一般に普及しはじめていたと解して差支えないでしょう。


もっともそれほどの土倉が、簡単に盗賊の侵入を許し、または火災で焼失しているのは一見奇異に思われるが、それは屋根構造や開口部が後世のものほど完全でなかったからと考えられ、<a href="http://www.tosou-navi.jp/" target="_blank">外壁リフォーム</a>の耐火性については、当時でもあらゆる構造のうちで最も信頼が寄せられていたのではないでしょうか。
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         <link>http://fichaud.net/2011/07/post_36.html</link>
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         <pubDate>Fri, 01 Jul 2011 17:47:05 +0900</pubDate>
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         <title>ひと昔前だけど・・・(´ω｀)　７</title>
         <description>ともかく、銭湯の経営者たちは、富士山にかわるものでその壁面を飾ることにより、再び銭湯に客を集めることが出来ると信じています。


内湯が多くなり、銭湯へ来る必要がなくなった妻など、何ほどのことでしょうか。


人々は必ずしも、体を洗うために銭湯に来るのではないのです。


言ってみればかつて人々は、自分自身の裸体を衆目より隠蔽するために銭湯へ来たのであり、だとすれば含人々は、自分自身の衆目に晒すべく、銭湯にやってくるはずです。


この論理は、途中やや奇妙な屈折を感じさせるものの、大局的にはうなずけないものでもありません。


最新の銭湯の壁面より富士山が消され、無数の目が出現したのは、このような理由によるものと言えるでしょう。
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         <link>http://fichaud.net/2011/06/post_35.html</link>
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         <pubDate>Thu, 02 Jun 2011 11:14:50 +0900</pubDate>
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         <title>ひと昔前だけど・・・(´ω｀)　６</title>
         <description>もはや、銭湯が闇の世界であった記憶を失っているから、その絵に対して何の幻想も抱きません。


それは単に「下手な絵」に過ぎないのであり、もちろん前述したように、下手であればあるだけその実体に触れた場合の違和感はなぐさめられるものの、その種の警効果しかもたらさないのだとすれば、当初の意図からは大きくはずれることになります。


言うまでもなく、今日の人々はその裸体を書に晒すことを何とも思っていないから、と言うより、むしろ衆目に晒したいと考えているから、当然ながらその壁面の絵は使命をおえたのであり、もしくは、邪魔にすらなりはじめたのですが、現在の経営者たちはそう考えていない。


思うに、かつての富士山の成功が忘れられないのでしょう。
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         <pubDate>Sat, 07 May 2011 11:14:40 +0900</pubDate>
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